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私たちの追跡 Vol.12

パラリンピックの父、ルードヴィヒ・グッドマン博士は

下半身不随となった兵士を治療する中

確信を抱いたのが「スポーツの効用」だったという。

 

 

「スポーツは最も自然な治癒訓練であり筋力、運動

スピード持久力を回復するために非常に有効である。

 

そして、スポーツにはその楽しみによって心を開く効果がある・・」と語った。

 

 

障害に対する運動訓練は古くからは紀元前からあったと言われる。

 

偉大な一歩を踏み出すにも、小さな一歩を踏み出すにも

その内側には行動を支える

人の哲学がある。

 

 

古代ギリシャでは

自分たちが生きる宇宙のメカニズムの探究に

かなりな時間を費やした。

 

 

 

そして、自然界に関する研究から

共通する特徴を「秩序」という概念として発見した。

ギリシャ人の学者達は、それをコスモス(宇宙)とよんだ

 

 

自然界の秩序は惑星の回転や

季節の移り変わりなどとという壮大な規模で表れていた。

 

 

   

 

 

その観点からの宇宙は、周期的かつ予測可能だとされ、数学の発展に力を注ぐことになった。

 

 

 

 

ギリシャ人にとって、数学を研究することは

自然界から宇宙の秩序を知るという、

哲学的な意味合いもあった。

 

秩序とは知性を意味し、その知が創造の源と考えた。

 

その創造主の知はユニティ(統一)とよばれ

数字の1と表した。

 

 

 

 

 

そして自然界や人体などに見られる秩序だったデザインには

比率が関係していると古代の人たちは発見した。

 

 

 

 

 

 

 

 

古典古代のギリシア人は建築、彫刻、絵画において

美の規範を数学的比例関係の問題として理解し

作品制作のなかで理想的比率を追求した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういった理想を建築、彫刻上の規範として

建築書としてまとめた人が

ウィトルウィウスさんだった。

 

 

 

 

レオナルドさんの有名なウィトルウィウス人体図へと導いた

紀元前に書かれたとされる建築書の

はじめにこんなことが書かれている。

 

 

「建築家の知識は多くの学問と種々の教養によって具備され

この知識の判断によって他の技術によって造られた作品もすべて吟味される。

 

それは制作と理論から成り立つ。

 

制作とは絶えず練磨して実技を考究することであり、

それは造形の意図に適うあらゆる材料を用いて

手によって達成される。

 

一方、理論とは巧みにつくられた作品を

比例の理によって証明し説明しうるもののことである・・・

 

 

”理想の美”が客観性や普遍性と

結びついていることを探求した時代。

 

 

 

 

古代ギリシャには「美術」という言葉はなかったという。

 

すべての作品は、神と死者への捧げものであり

芸術のための芸術ではなかった。

 

 

古代人の生に対する敬虔さから生まれた

浄化された魂の結晶は

”秩序や比例”という表現として

新たな輝きを創り出した。

 

 

 

 

それは「時間という手に汚されない」もの

「永遠」として

現代の創造にも生き続けているのだと感じる。

 

 

 

続く