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私たちの追跡 Vol.19

だいぶ日が暮れるのが早くなった。

気温の寒暖差が大きいことにより自律神経の機能が乱れ、体が疲れることを寒暖差疲労というらしい。

コロナで体温を計ることが日常的のになった人も多いと思うけど、私たちは常に何かを”はかりながら

まわりとのバランスをとっている。

 

体重を量ったり、仕事の進み具合を測ったり、他人の心を押しはかったたり・・・・・

何をいかに「はかる」かは、文化や社会のあり方と深くかかわってくる。

 

古代ギリシャでは自然がつくりだす調和を宇宙の秩序として捉え、芸術における自然の再現は

その自然と同等に類似する認識を示さなければならなかった。その証明として、成果を上げたのが古代ギリシャの彫刻家ポリュトレイクスだった。

ポリュトレイクスは自らつくりあげた比例(プロポーション)による美の基準を「カノン」(ギリシャ語で「規準」の意)と呼び、作品と理論書を制作したと伝えられている。

 

残念ながら原書が伝わらず、ローマ時代の部分引用では

“人体各部の寸法の適切な比が理想の人体像をつくる基本である”と説いたものだと推測されている。

 

そして古代からの最もわかりやすいカノンの例として

古代ローマのウィトルウィウスの建築書第3書のカノンがあげられる。

 

ウィトルウィウスはその冒頭で次のように述べている。

「神殿の構成はシュムメトリアから定まる。この理法を建築家は十分注意深く身に付けなけれ ばならない。これはギリシア語でアナロギアといわれる比例から得られる。比例とは,あらゆる建物において肢体および全体が一定部分の度に 従うことで,これからシュムメトリアの理法が生まれる。実にシュムメトリアまたは比例を除外しては,すなわち容姿の立派な人間に似る ように各肢体が正確に割り付けられているのでなければいかなる神殿も構成の手段をもちえない・・・ その比例のモデ ルとなるのは,シュムメトリアを備えた容姿の 立派な人間における比例,すなわちカノンである。」

ウィトルウィウスはこれを次のように定めた。

 

実に自然は人間の身体を次のように構成した。頭部顔面は顎から額の上、毛髪の生え際までの長さは身長の1/10で、同じく掌も手首から中指の先までも同じ長さである。首、肩から髪の生え際までの長さは身長の1/6で、胸の中心から頭頂までの長さは身長の1/4である。顔の長さは、顎先から小鼻までの長さ、小鼻から眉までの長さ、眉から髪の生え際までがいずれも顔の長さの1/3となる。足の長さは身長の1/6、肘から指先まで、胸幅は身長の1/4である。これらの他にも人体は対称的に均整がとれており、この対称性を用いて古代からの画家、彫刻家は後世まで賞賛される作品を創り出すことができた。

レオナルドさんはこの言葉をもとに人体図を描いた。

 

 

人体と同様に神殿も様々な箇所が対称的に均整がとれ、建物全体として調和していることが望ましい。人体の中心は宇宙の中心と同じである。人間が両手両脚を広げて仰向けに横たわり、へそを中心に円を描くと指先とつま先はその円に内接する。さらに円のみならず、この横たわった人体からは正方形を見いだすことも可能である。足裏から頭頂までの長さと、腕を真横に広げた長さは等しく、平面上に完璧な正方形を描くことが出来る。

 

また別の箇所で「むつかしいシュムメトリアについての問題も幾何学の理論と方法によって明らかにされる」・・・と述べているが、シュムメトリアという言葉にについては「建築書」の翻訳者、森田慶一さんが次のように解説する。

シュムメトリアとは本来「共に測る」ことを意味し、「ある事物の全体および部分が一定の量によって共通に測られうること」

すなわち「割り切れること」を意味する。

したがってシュムメトリア的な構成とは 「構図の全体および部分の長さ寸法が互いに整数比の関係に置かれること」であり, 「ギリシア 人はシュムメトリアによって秩序付けられた状 態に,われわれのいう単なる美ではなくて,調和 harmoniaを感じ取った」のである。

また,森田氏はシュムメトリアが実際の建築に おいてどのように構成されたかについても言及 している。

 

すなわち,シュムメトリアをもたら す基準となる量に対して「この通約量,共通尺 度(モドゥルス)はラテン語で modulus」と呼ばれること,さらに実際の建築造形においては基準として「具体的にその建物を構成している肢体の一部分の 量が充てられた。」 ことを指摘している。

 

絵画やデッサンの基本で使われる美術解剖図の人体比率は、繙くとこの古代ギリシャ、ウィトルウィウスさんからつながる「カノン」の考えが影響している。

私たちが普段描いているヘアデザインの設計図のベースとなる頭部の比率は

頭蓋骨の構造(Born Structure)から目鼻口の位置やプロポーションを捉えている。

成人の場合、顔を上から下へ6等分した位置が顔の各パーツの基本的な位置になる。例えば目は全体の2分の1

鼻は下から3分の1、えらは下から6分の1、口はえらの少し上になる。

 

 

古代ギリシャの考えでは、造形活動をはじめる際に

この共通尺度モドゥルスを定め、算術処理によって全体寸法を定めるのではなかった。

 

まずは”全体の大きさ”を定め、その骨格となる部分の大きさを定めてから

より細部の決定ができるようにモドゥルスを用いた。

 

神殿の造形にあたっては、まずその規模—それは正面の幅が定められ、

それから円柱の太さ・高さが割り出された。

 

こう言った建築、彫刻、絵画のように古典的方法を引用し、デザインを設計するときは、

自然の秩序をもたらす比率「カノン」を規範とし、

つくるものやデザインに応じて大きさを決め、その大きさから1となる基準(共通尺度モドゥルス)を定め

そこからの比率をもとにシュムメトリアつくり上げていく。

 

古代ギリシャ建築は基本的な数比で全体が割り振られてできあがっている。

部分と全体に一定の寸法を割り当てて全体を関係づけていく考え方によってつくり出されていた。

例えば神殿の大きさを決める時には、円柱の下の方のある部分の直径を1モデュルスと定める。

そしていモデュルスは人体寸法を割り当ててつくっている。

それによって全体が関係づけられた「システム」としてつくられている。

 

この古代古典の叡智は、自然との関係から生まれたものであって、芸術とは関係なかった。

カノンは”自然”の中にあらわれる比例を秩序として測定したものだった。

 

人間も”自然”の一部だという古代の人の導きは、

さまざま面で現代の私たちに警鐘を鳴らしてくれている。

 

 

 

 

つづく