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私たちの追跡 Vol.40

新年度が始まる時期は新しいチャレンジをスタートさせるにはもってこいの時期・・

 

 

技術革新によって、具体的にできることが変わるとそれまでとは違った表現が出てくる。

 

今では当たり前だけど、絵具もチューブに入れて外に持ち運べる

ようになり印象派が生まれたと言われている・・・

 

 

 

それまでのように、目に見える自然の姿を再現するだけでなく、

その自然を見た時に心が感じたことを表現するようになった・・

その背景には、写真により再現技術の座を絵画が奪われ

新しい表現を目指したとも言われる・・・・

 

 

セザンヌ(1839~1906)やゴッホ(1853~1890)は目の前の風景を描くことを通じて

”自然の生き生きした力を表現”しようとしたが

20世紀の画家たちは彼らとは別の方法によって、自然の外観の奥にある根源的なものに向かった・・

 

 

晩年のカンディンスキー(1866~1944)、パウル・クレー(1879~1940)は

芸術のフォルムの生成と変化のなかに、自然の生命に通じる力動的な性質を見出した。

 

 

またブランクーシ(1876~1957)やヘンリー・ムーア(1893~1983)は、

 

ヘンリー・ムーア作

 

 

原始芸術を思わせる単純化されたフォルムによって、原初的な生命のエネルギーを

表現した・・

 

 

こう言った技術革新による体系的な流れが西洋的にはあるのだと思う。

 

それに比べて、日本や中国で絵を学ぶには書法の基本がある。

 

 

水墨画の基本の四君子は、蘭、竹、梅、菊の線を描くことで線の基本をマスターしていく。

蘭が曲線、竹が直線、梅と菊は曲線と直線との組み合わせの線として水墨画の基本が確立されている。

 

 

さらにその基本の手慣らしのために、葉を描く基本がある。

 

 

 

これは、「右発左向」と「左発右向」があり

右から左へ向かう線、左から右へ向かう線となっていく・・・

 

 

 

人の手の動きというのは、どうしてもクセがあり、左から右へ、右から左へと曲線を描くだけでも、

どちらかの動きが良くて、どちらかが上手くできないということが起きる。

だから基本の稽古により確認する必要がある・・・

 

 

こういった稽古を繰り返し、一点、一画を疎かにしないで研鑽を積み重ね

自然観を深めていきながら自己の魂を深めていく・・・

 

 

そして対象を観察する場合にただ肉眼によって網膜に映った自然を追うのではなく、

心眼をみひらいて、天眼、慧眼(真理を洞察する眼)法眼(諸法の真相を知る眼)

によって把握していく。

 

 

そう言った対象の内面の真実を表現しつつ、対象と自分の生命を一体に交流させる・・

そのためには謙虚に誠実に向き合うことが大切で、技巧的なだけでなく、人間を磨いていくこと・・・

 

 

こう言った東洋的なアプローチは「道」という世界観を生み出したのだと思う・・・・

 

 

対象の存在と自分の存在を対立的に見る西洋的な見方や考え方がある反面、

 

対象と自分との存在ではなく、その間にある”関係性という縁起”を中心におく東洋的な見方と考え方・・・・

 

 

どのように対象をとらえるか、どのように対象と関わりアプローチしていくのか?

 

 

そういった「見方と考え方」を学びのプロセスのなかに取り入れ

実社会、実生活と関わることが大切なのだと思う・・

 

 

そうすることで技術革新を生み出す”革新の芽”が育ち始める・・・・

 

 

今年度は西洋、東洋の両方から追跡していきたい・・

 

 

続く